河合奈保子のいた80年代の生活を振り返って

スポンサーリンク

アイドルと言えば、70年代に天地真理さん、ピンク・レディーなどのブームがありましたが、この時はこの2人のブームであって、アイドルというジャンル自体がブームという感じではありませんでした。

アイドルブームを肌で感じたのは1980年。その火付け役は、人気番組「3年B組金八先生」に出演していたジャニーズのたのきん(田原俊彦・近藤真彦・野村義男)。

同時に個性のある女性アイドルも続々とデビューし、かつてのように特定のアイドルのみに人気が集中するのではなく、それぞれのアイドルに人気が分散してアイドル界は盛り上がって行きました。

そんな中、あまりのかわいさに私の体に電流が走ったのは河合奈保子さん。それ以来、私は河合奈保子さんの熱烈なファンになり、壁から天井まで隙間なく河合奈保子さんのポスター等で埋め尽くした部屋で青春時代を過ごしていました。

以前、当時持っていて現在でも残っている河合奈保子グッズの話を書きましたが、今回は、それ以外で当時の河合奈保子さんの痕跡が残っているモノや、私が河合奈保子さんに熱狂していた80年代前半辺りの話を書いてみたいと思います。

スポンサーリンク

河合奈保子と80年代

河合奈保子関連のモノ

はじめに河合奈保子さんに熱狂していた頃の痕跡が残っているモノを載せておきます。

これは小学校を卒業する時にクラスメートに回したサイン帳で、これには名前・住所・電話番号・好きなタレント等を書いてもらいました。

これは中学生の時の生徒手帳。生徒手帳に書いたのは河合奈保子さんのことばかりでした。

前回の記事でどこへ仕舞ったか忘れてしまい載せられなかった河合奈保子さんのサイン色紙。

このサイン色紙は、私が直接もらったものではなくて、夏休みに父親の実家に行った時、河合奈保子さん好きな親戚のお兄さんから貰いました。

このお兄さんからは、「奈保子」と刺繍された赤いハチマキと「大きな森の小さなお家」のキャンペーンで歌っている辺りの生写真も貰いましたが、これらはいつの間にか親に処分されてしまいました💦

歌番組とビデオ

あと残っているモノと言えば、ビデオに録画した歌番組等での河合奈保子さんの出演シーン。

初めて我が家にビデオデッキがやって来たのは、1982年か1983年頃で、SANYOのベータでした。この頃は、ビデオテープ自体も高かったので、好きな番組を取りまくるということは出来ず、選びに選んだ番組のみ録画していました。

一番最初に録画したのは、今でもハッキリと覚えていますが、薬師丸ひろ子さん主演の「セーラー服と機関銃」でした。

こういった感じで大体は映画のような大作主体で録画していましたが、オフコースの「NEXT」「若い広場」、河合奈保子さんが出演した「徹子の部屋」など、好きでたまらない芸能人の番組は少しだけですが録画していました。

ビデオテープの価格が下がってきた頃、ザ・ベストテン等の歌番組も録画するようになりました。でも、まだビデオテープを無駄に使うのがもったいなくて、歌番組を頭から終わりまで録画することはなく、好きなアイドルやアーティストの出演部分だけを録画するスタイルで、歌が始まるのを録画の一時停止ボタンを押して待っていました。

こういうことを始めたのは、1984年の春頃からだったので、私の録画したビデオに残っている歌番組の河合奈保子さんは、「唇のプライバシー」以後のモノしかありません。

ちなみに、「唇のプライバシー」にはこんな思い出があります。

当時、我が家には富士通のFM-NEW7というマイコン(今で言うパソコン)がありました。

このマイコンという代物は、今のパソコンと全く違っていて、インターネットが出来る訳でもなく、購入したゲームソフトで遊ぶ以外は、自分でプログラムして使いこなすしかありませんでした。

BASICやマシン語といったプログラム言語を理解するのが面倒で、基本的にはゲームソフトで遊ぶだけでしたが、たまにコンピューター雑誌を買って、そこに出ているプログラムを打ち込んで簡単なゲームで遊んでいました。

ある時、I/Oという電話帳のような分厚い雑誌を立ち読みした時、河合奈保子ちゃんの「唇のプライバシー」の音楽プログラムが載っていたので思わず買ってしまいました。

マシン語で完璧に入力出来たら、河合奈保子ちゃんの画像が画面に映り、「唇のプライバシー」が流れますが、入力する量が膨大で、入力し終わるまで何日かかかりました。

やっと入力し終わってRUN(実行)ボタンを押したら、エラー💦

しかもどこにエラーがあるのか分からず、雑誌のプログラムとマイコンに入力したデータのにらめっこが始まりました。

こんな作業を何日もやって、やっと完成。

画面には白と黒を中心とした河合奈保子ちゃんの画像が少しずつ出てきて、ショボい音の「唇のプライバシー」が終わる頃に、河合奈保子ちゃんの赤い唇が表示され画像完成という感じだったと思います。

かなり時間と労力を要しただけに、プログラムの完成に物凄く感激しました。

1980年の人気者とクラスの話題

1980年は私が小学6年生の時。私の学校の6年生は全4クラスで、卒業アルバムには、ほぼ全生徒が好きなアイドル・タレントを書いていました。

まとめてみたら、こんなランキングになりました。

ちなみに私はYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の細野晴臣と書きました。

  1. 近藤真彦
  2. YMO(メンバー個人名を書いたものも含む)
  3. 榊原郁恵
  4. 松田聖子
  5. 田原俊彦
  6. 西城秀樹、三原じゅん子
  7. 野村義男
  8. 岩崎良美、沖田浩之、ザ・ぼんち
  9. 河合奈保子、石野真子、郷ひろみ
  10. 横浜銀蝿、ツービート、もんたよしのり、さだまさし、ボブ・バックランド

1位のマッチ(近藤真彦)については、ぶっちぎりの1位でした。

YMOの人気も凄まじく、卒業アルバムのあちこちにYMOのロゴが書かれていました。

その他は1票ずつで、こんな名前もありました。

  • 渡哲也
  • 竹下景子
  • B&B
  • 倉田保昭
  • 柴田恭兵
  • 山口百恵
  • 薬師丸ひろ子
  • 石坂智子
  • ノーランズ
  • 雅夢
  • 長渕剛
  • オフコース
  • ジャッキー・チェン
  • 太川陽介
  • 野口五郎
  • スーザン・アントン
  • 研ナオコ
  • 具志堅用高
  • 野球選手(江川、田淵、小林、掛布、定岡、王、中畑、原)

好きな曲という欄で目立ったのは、「ペガサスの朝」「スニーカーぶる~す」「チェリー・ブラッサム」「恋=Do!」「ド・ラ・ム」といった曲でした。

1980年は、たのきん、松田聖子さん、河合奈保子さん、柏原芳恵さん等の話題で盛り上がっていたのも確かですが、音楽に関して言えば、YMO、オフコース、久保田早紀さん、クリスタルキングといったニューミュージック全盛期でもあり、音楽に関するクラスの話題は終始アイドルの話という感じでもありませんでした。

主にどんな話をしていたのか思い返してみると、お笑い関係の話が多かったように思います。

ちょうどこの頃は漫才ブームで、「笑ってる場合ですよ!」「オレたちひょうきん族」といった番組の面白いシーンをマネたりしてバカ騒ぎしていました。

あとは、かわいい猫に学ランを着せた「なめ猫」、ルービックキューブ、Dr.スランプアラレちゃんといったアニメ、ジャッキーチェン、プロレス等、流行のモノが多かったので、気の合う友達とそういった話をしていました。

河合奈保子の話題と私の目標

私は河合奈保子さんのことが大好きでしたが、クラスには私と同じいぐらい河合奈保子さんのことが大好きという人もおらず、中学生になると男子が女性アイドルの話のするのは、ちょっと恥ずかしいなんて思いもあったりで、学校で河合奈保子さんの話をすることはあんまりありませんでした。

でも、やはり河合奈保子さんを好きな人と河合奈保子さんの話をしたいという思いから、当時購入していた「中一時代」という学習雑誌の文通募集欄に「好きな芸能人:河合奈保子」と書いてある人に手紙を送って、その子達と河合奈保子さんの話をして盛り上がっていました。

私は河合奈保子さんを一度しか見たことがありません。

当時、近所の市民会館で「それは秘密です」という番組の公開録画をするということで観覧希望を申し込んだところ、運よく当選し、それに出演して「愛をください」を歌う河合奈保子さんを見ました。

この時、先程河合奈保子グッズのところでお話しした赤いハチマキをまいて観覧しました。

生で河合奈保子さんを見てから、私の人生の目標は河合奈保子さんと結婚すること!!になりました(;^ω^)

それで何をしたかというと、まずは芸能界に入らないと接点が出来ないので、色々なオーディションに応募しました。

覚えている範囲では、キティフィルムの「ションベン・ライダー」という映画の出演者募集、フジテレビ「欽ドン!良い子悪い子普通の子」の普通の子オーディション、フジテレビ「夕やけニャンニャン」が始まる前の女子高生募集に男なのに応募してみたり…

結局、どれもダメで芸能界入りは諦めたのでした💦

まとめ

私の幼い頃から現在まで変わっていない趣味は音楽を聴き、音楽に触れること。

あまり好きでない歌手でも曲が気に入ればレコードを買いましたし、その逆もありました。

ただ、河合奈保子さんだけは例外で、曲が好きであろうがなかろうが新曲をリリースするという情報を得たらすぐに予約しました。

それは、そうすることが河合奈保子さんを好きになった自分の使命だと何となく思っていたからです。

その後、河合奈保子さんはアイドルからアーティストの道を歩み、私も大人になって来て生活パターンや音楽の趣向等が変化してきたこともあり、少しずつ河合奈保子さんから離れていきました。

しかし、2007年に発売されたオリジナルアルバムBOX「NAOKO PREMIUM」を購入し、改めて河合奈保子さんの音楽を全て聴いた頃から、熱い想いを思い出したり、当時とは違った発見があったりで、河合奈保子さんへの情熱が再燃しました。

情熱と言っても当時とは形の違う静かな情熱ですが、ずっと河合奈保子さんのことは想い続けています。

この記事を書いている今日は7月22日。もうすぐ河合奈保子さんの誕生日(7月24日)ですね。

一ファンとして、いつまでもお元気でにこやかに過ごされますよう願っています。

関連事項

河合奈保子関連記事一覧

80年代アイドル記事一覧

ブログトップページ

Amazon.co.jpで商品情報をチェック
河合奈保子 オリジナルアルバムBOX「NAOKO PREMIUM」(DVD付)
  • コロムビアミュージックエンタテインメント and Tom Keane, Peter Cetera, 小金沢昇司, ジャッキー・チェン, Steve Lukather, 河合奈保子, David Foster, NAO&NOBU
クリックして今すぐチェック
この記事をお届けした
My life , My 80'sの最新ニュース情報を、
いいねしてチェックしよう!
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする