80年代 私の河合奈保子(命)部屋と暮らし

私がアイドルを意識し始めたのは、天地真理さんと麻丘めぐみさん辺りから。

その後、ピンクレディに熱狂し、コメットさんを見ては大場久美子さんてかわいいな…なんて思っていました。

当時の私の理想の女性像は、美しくて優しく、母性溢れる銀河鉄道999のメーテルでしたが、1980年にそんな理想像を実体化したようなアイドルが現れました。

それは河合奈保子ちゃん。私が小学6年生の時でした。

かわいい、明るい、真面目、優しい、穏やか、しっとり等、私の理想とする女性像のパズルの型にピタッとはまりました。

それからというものレコードを買うのはもちろんのこと、雑誌の切り抜き、グッズなどを集めまくり、学校でも「河合奈保子ちゃんが好き!」と公言して、クラスメートからも河合奈保子ちゃん関連のモノをもらったりしていました。

そして出来上がったのは、河合奈保子ちゃんのポスターなどをドア、壁、天井等に隙間なく貼り巡らせた私の部屋。

親からは「物凄く圧迫感がある」とか、遊びに来る友達からは「お前の部屋、奈保子の館じゃん!」なんて言われるようになりました。

これらの河合奈保子ちゃん関連のモノは全てとって置いたのですが、結婚して実家を出たとき、いつの間にか親に処分されてしまいました。

ただ、1割ぐらいは残っているので、今回は、その残っている河合奈保子グッズの一部を紹介しながら当時の生活を振り返ってみようと思います。

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河合奈保子に囲まれた生活

お店で買った河合奈保子グッズ

文房具屋さんや雑貨屋さんでは、缶ペンケース、ステッカー、パウチされたプロマイドなどを買いました。

缶ペンケースは、キラキラした銀色のケースにNAOKOと書かれたものと、黒のケースに白字で河合奈保子と書かれたものを持っていました。

残念ながらこれはもうありません。

ステッカーとプロマイドは残っていました。

小学生の頃は、こういった缶ペンケースの蓋の裏に河合奈保子ちゃんのシールを貼っていました。

中学生になると、さすがにタレント名があからさまに表記してある缶ペンケースを使う事が恥ずかしくなり、当たり障りのない缶ペンケースを使っていましたが、蓋の裏には河合奈保子ちゃんのシールを貼り付けていました。

ただ、校則で学校の持ち物にシールを貼ることを禁じられ、時々持ち物チェックがあったので、そういったチェックのある時にシールを外せるように、車に付ける初心者マークのマグネットにシールを貼り、シールの形に沿ってカッターで切ったものを缶ペンケースにくっつけていました。

あと、河合奈保子と書かれたシャープペンも持っていたような気がしますが、それはボロボロになって、きっと自分で処分したと思います。

下敷きは、小学生の時は「河合奈保子」と書かれたモノを使っていましたが、中学生になったら、透明な紙をはさめる下敷きが流行り、これに河合奈保子ちゃんの切り抜きを入れていました。

当時の下敷きと、それに挟み込んでいた切り抜きが残っていました。

壁や天井に貼ったポスターなど

小学生の頃は、それ程アイドル雑誌を買うことが出来なかったので、自分で集めた雑誌の切り抜きでは足らず、友達にもお願いして河合奈保子ちゃんが写っている部分をもらっていました。

初めは、そういった切り抜きをノートに貼って写真集みたいなものを作っていました。

切り抜きが増えてくると、今度はポスターを作りたくなり、学校の発表等で使う大きな模造紙を近所の文房具屋さんで買ってきて、そこに雑誌の切り抜きなどを隙間なく貼って行きました。

これに貼ったのは基本的に細かい切り抜きばかりで、完成するまで何日もかかり、時には友達を電話で呼び出し無理矢理手伝ってもらいました。

これが一番思い出深いポスターでしたが、もう存在しません。

その後、河合奈保子ちゃんのシングル・LPレコードを買うようになり、予約すると大体ポスターをもらえたので、必ず予約して買っていました。

時には店頭に貼ってある宣伝用のポスターもレコード屋さんのおじさんに頼んで広告期間終了後にもらっていました。

壁から天井まで、びっしりと河合奈保子ちゃんのポスターやピンナップを貼っていましたが、終いには部屋に貼り切れないぐらいの量になって、貼り切れないポスターはクルクル巻いて、たばこのセブンスター柄の円柱型のゴミ箱をポスター入れにしていました。

どんなポスターを貼り、どんな宣伝用のポスターをもらったのか、もう記憶に薄いですが、はっきり覚えているものもいくつかあります。

まず、水着のポスター。私は水着のポスターは貼らないと決めていました。

それは、私にとって河合奈保子ちゃんは特別な存在なので、いやらしい目で見てはいけないと決めていたということと、私の家には頻繁に友達が遊びに来ていたので、河合奈保子ちゃんをいやらしい目で見て欲しくないという理由からでした。

でも、水着のポスターでもいやらしさを感じさせない美しいショットの写真があって、それに関しては、少しの期間だけ部屋に貼りました。

一つは、アルバム「サマー・ヒロイン」の予約特典だったものと、もう一つは何の特典だったか忘れましたが、白と赤のストライプのビキニを着てシャワーを浴びているものです。

LPレコードの予約特典でもらったポスターで絵柄をパッと思い出せるのは、「NAOKO IN CONCERT」「あるばむ」「ANGEL」「PRISM」ぐらいかな…

何のポスターだか覚えていませんが、白いパンツと白いサマーセーターみたいのを着て庭園のようなところで佇むカッコいい河合奈保子さんのポスターも貼っていた気もします。

宣伝用にもらったポスターは何だったか、ほとんど記憶にありませんが、うっすらと覚えているのは「疑問符」。

確かシングルレコードと同じような雰囲気で、シングルのショットよりも、もう少しうつむいて、白っぽい服を着ていたような気がします。

部屋のドアには、下のような絵柄の大型ポスターを貼り、それを縁取るように、近所の仕立て屋さん作ってもらった「NAOKO」と刺繍された真っ赤なハチマキを貼り付けていました。

「奈保子」と刺繍された赤いハチマキも持っていて、部屋に飾ってあったキツネのぬいぐるみの頭に巻き付けていましたが、これらのハチマキも処分されてしまいました。

ベッド脇の壁には、下のポスターを貼っていました。

多分これは中一時代、中一コースみたいな雑誌の付録だったと思います。

レコードの予約特典でもらったカレンダーも年度に関係なく、ずっとベッド脇の壁に貼っていました。

レコードに付いている応募券で応募して当たった赤いバンダナと白いハンカチもベッド脇の壁に貼っていましたが、赤いバンダナはもうありません。

その他、雑誌に折りたたんで付属していたピンナップも部屋のあちらこちらに貼っていました。

私の部屋には赤いブラウン管テレビがあり、そのテレビの側面には以下のカードを貼っていました。

勉強机は、緑のマットを敷いて、その上にガラス板が置いてありましたが、ここにもたくさんの河合奈保子ちゃんの切り抜きなどを挟んでいました。

どんなものを挟んでいたのかよく覚えていませんが、以下の切り抜きは挟んでいたことを覚えています。

新居にも貼っていましたが、幼い娘に落書きされてしまいました。

あと、よくレコード屋さんに置いてあった予約カードも机に挟んだり壁に貼り付けたりしていました。

とにかく河合奈保子ちゃんが写っているモノでもらえるものは何でももらってきました。

カーテンレールの上の隙間には、LPレコードを飾り、本棚には「わたぼうし翔んだ」「夢・17歳・愛」「あしたのナオコちゃん」等も飾っていましたが、これらの本は処分されてしまいました。

でも、写真集一冊は残っていて、「あしたのナオコちゃん」は1冊買いなおしました。

まとめ

今残っているのは、小さな箱に詰まった雑誌の切り抜きやシールなど細かいものだけ。

でも今、モノとして手元になくても思い出として残っているので、いいかなと思っています。

2016年の夏に河合奈保子ちゃんの写真集「再会の夏」が発売されましたが、この時もかつてたくさんの河合奈保子ちゃん関連のモノをなくして諦めがついたのに、今更モノを増やす必要はないと思って買うつもりはありませんでしたが、この年にツイッターを始めて、河合奈保子ちゃん好きな方々のつぶやきを見ていたら勢いで買ってしまいました。

河合奈保子ちゃんのことを振り返っていたら、この河合奈保子ちゃんを貼り巡らせた部屋で自分がどんな生活をしていたのか、楽しかったこと、悲しくてつらかったことなど、様々なことを思い出しました。

推しのアイドルは違うにしても、皆さんにもきっと同じような思い出があったのではないでしょうか?

時々あの頃を思い出して明日の活力にしたいものですね(*^-^*)

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