1983年5月に発刊された河合奈保子著「わたぼうし翔んだ」。当時、私は河合奈保子さんの大ファンで、もちろんこの本も買いました。でも、知らないうちに親に捨てられてしまって、もう一度読みたいと思っても、長らく廃刊続きで中古市場では超高値。諦めかけていたところ、2021年8月に復刊ドットコムから復刻されたので速攻買いました。
河合奈保子さんは、1981年10月5日NHKの歌番組「レッツゴーヤング」のリハーサル中、NHKホールステージにあるセリから転落し大ケガを負い、入院生活を余儀なくされたわけですが、この「わたぼうし翔んだ」というエッセイ本にはその時の様子・心情、復帰直後に言えなかったこと等、事細かく書かれています。
河合奈保子という18歳の女の子は闘病生活中に何を思ったのか
私は当時この本をどんな思いで読んだのかよく覚えてませんが、久しぶりに読んだ今の感想とは大きく違う部分があります。ここでは、個人的な感想も含め、「わたぼうし翔んだ」の概要について書いてみたいと思います。
【レビュー】河合奈保子「わたぼうし翔んだ」
「わたぼうし翔んだ」の概要
本の大きさは、縦19㎝・横13㎝・厚み1.8㎝程度。写真は1枚もなく、あとがきを含め280ページのボリュームですが、時折当時つづった日記の引用・挿絵があり、文体も砕けていてとても読みやすい本です。手書きでない活字でも、言葉遣い、段落の取り方、改行の仕方など、こういった色々な部分から河合奈保子さんの個性を感じ取ることが出来ます。
表紙は当時発売されたものを踏襲していますが、背景の色合いや文字の配列など変更された部分もあります。ちなみに、表紙と文中の挿絵は、河合奈保子さんの妹・河合由佳里(ゆかり)さんが描いたもの。
今回復刊された「わたぼうし翔んだ」は、復刊ドットコムのみならず、一般書店でも購入可能ですが、今のところ特典が付くのは復刊ドットコムのみ。特典はこの事故で延期になってしまったカナリー・コンサートのパンフレットを縮小(約12㎝四方)したもので、6ページからなる写真中心の構成になっています(復刊ドットコム「わたぼうし翔んだ」商品ページはこちら)
本文は以下のような章立てになっています。
- 第1章 突然の出来事
- 第2章 ギブスベッドの中で
- 第3章 思い出にくるまって
- 第4章 やっと歩けた
- 第5章 健康っていいな
事故が起きる直前の様子、なぜセリから落ちたのか、落ちた直後はどんな様子だったのか、入院中の生活は?どんなコルセットを付けていたのか(図解付き)、芸能活動復帰後はどういう状態だったのか?…そんなことが映像になって浮かんでくるぐらい事細かに書かれています。
ケガの様子は、第1腰椎圧迫骨折、右前後頭部挫傷(コブ)、首・太もも両左側挫傷(打ち身)。事故直後よりも入院生活が始まってから痛みが増してきて、本文からその苦痛も十分伝わってきますが、どちらかというと、いかに入院生活が身体的に苦痛だったかということよりも、忙しい芸能活動がピタッと止まって、この約2か月の間に「ナオコ」と「ナホコ」の感情が入れ替わり立ち替わり揺れ動き、成長していく過程がこの本の読みどころ。
そして、河合奈保子さんにとって家族がいかに大切な存在であるか、家族一人一人との細かい描写によってそれが分かります。
退院直後に言えなかったこと。それは家族や関係者に迷惑をかけないようにするため。
- 退院会見をしたがホントは退院日はその日じゃなかった
- インタビューで事故後の記憶はないと言ったが実はハッキリと覚えていた
- 退院後は東京で家族と暮らしていた…など
妹の由佳里ちゃんの描いた似顔絵は、ずいぶんと奈保子ちゃんの気を紛らわせてくれた様子。由佳里ちゃんがサインペンで描いた似顔絵を由佳里ちゃんが学校に行っている間に奈保子ちゃんが色付けしていたとのこと。テレビのチャンネルを回すのに重宝していたマジックハンドは、同じ芸映の先輩・相本久美子さんからもらったなんてことも書いてあります(下の写真は別雑誌の切り抜き)。
「わたぼうし翔んだ」の感想
私が「わたぼうし翔んだ」を手にしたのは中学3年生の時。当時、河合奈保子さんのことが大好きで奈保子さん関連の商品はほとんど予約して発売日当日に手に入れていたので、この本もきっとそうだったと思います。
当時の私は本を読むのが大っ嫌い(今も…?)。活字の洪水を見ているとなんだか勉強している気分になって頭がクラクラするから。でも、「夢・17歳・愛」とか河合奈保子ちゃんのエッセイは頑張って読みました。
「わたぼうし翔んだ」を初めて読んだ時のことは鮮明には覚えてませんが、たぶんこんな感じだったと思います。
- 骨折・入院・コルセットのツラさ分かる~
- 奈保子ちゃんも活字の本よりマンガが好きなんだ
- 洋楽は歌詞が分からないからちょっと抵抗ありって自分もそう
- 自分と同じテレビ番組見てる(「笑ってる場合ですよ」「欽ドン」)
- 僕もマジックハンド持ってるよ
- ふれあい大好き
- 大きな後遺症が残るような事故じゃなくてよかった
私も小学4年生の時、河合奈保子さんと似たようなケガをしました。2mぐらいの高さから落下し胸を強打。息が出来なくなって親に病院に担ぎ込まれ検査したところ、病名は覚えてませんが背骨がズレているとのことで即入院。脇の下からおへその辺りまで包帯をぐるぐる巻いて、その上からセメントみたいなものを塗りたくられ、しばらくするとそれが固まって鎧のようにカッチカチになりました。
約2か月ほどの入院生活でしたが、しばらくの間は寝たきりで、季節が夏だったこともあり石膏で固められた胸や背中がカユイカユイ。もちろんお風呂にも入れず清拭のみの生活。クラスのみんなが折鶴や「早く元気になれ!」みたいな寄せ書きをくれて、とっても励みになりました。
退院する時、お医者さんに「治ってよかったけど、30歳すぎぐらいになるときっと腰痛持ちになるよ」なんて言われて、「ふーん、そうなんだ」ぐらいにしか思ってなかったけど、実際、腰痛持ちになりました。今では時々ギックリ腰に。なので、奈保子ちゃんも今は腰痛あるのかな…なんてちょっと心配してます。
ケガをした時、奈保子ちゃんは芸能人なのでスケジュールのことなどとっても心配していて、「早く復帰してファンの皆さんの前に顔を出したい」なんて書いてあるのを見て、
なんて真面目な人なんだろう、凄い!
そんな奈保子ちゃんに畏敬の念を抱きました。私は学校休めて、友達からお見舞いの品をもらえて、隣のベッドのおじさんにハレンチ学園のマンガをたくさん貸してもらって興奮したりと、もっとこの生活が続かないかな…なんてグータラな思いでいました。
河合奈保子ちゃんは芸能人で自分が実生活で見たこともない超美人。芸能人はトイレに行かない…まさにそんなイメージそのもので、自分にとっては女神で手の届かない遠い人と思ってました。でも、「わたぼうし翔んだ」を読んで、私もフォークソング部で毎日のように歌ってた中村雅俊さんの「ふれあい」が好き、マンガ好き、洋楽はちょっと苦手などなど、自分と共通する部分がたくさんあって親近感がわきました。あと、「わたぼうし翔んだ」に書かれている内容・感情表現・文体に触れて思ったのは、超美人な芸能人・スターなんだけど、中身は普通の女の子なんだ…ってこと。
私は中学2年から高校2年ぐらいまで、中2時代という雑誌のペンパル(文通)募集コーナーで知り合った女の子と文通してました。ここで女の子の書く文章と思考に初めて触れたわけですが、「わたぼうし翔んだ」に書いてある文章表現は、もうほとんどそれと同じ。「ワァ~ウレシイ」「〇〇のことキライ」「ムカツク」「デンデンムシ(ゼンゼン無視)」なんて喜怒哀楽の表現が話し言葉のようで多彩だったり、何かを説明する時の描写がものすごく細かくて、5枚ぐらい便箋にはいつも文字ビッシリでした。
事故直後の奈保子ちゃんは、ぎっしり詰まったスケジュールに穴をあけてしまうことに対する申し訳なさ・不安で頭がいっぱいで、優等生な芸能人の鑑という雰囲気で「わたぼうし翔んだ」はスタートしますが、入院生活が始まって体の痛みが増してくると共にイライラ、家族が近くにいてくれるようになって芸能人の「ナオコ」から河合家の娘「ナホコ」へ。そんな様子から「わたぼうし翔んだ」を読んで、芸能人の闘病・療養手記というよりは、普通の女の子の日常をちょっと垣間見た気分になりました。
病状が落ち着くにつれて「ナオコ」「ナホコ」共に一皮むけて成長するさまは、自分にとって理想の人間像でした。
約30年ぶりに「わたぼうし翔んだ」を読んで、大きく違った感想を持ったのは、河合奈保子さんから語られる家族全員の家族愛。初めて読んだ中学生の時は、親なんてウザったいなんて思ってた反抗期だったので、それほど家族について書かれて部分には関心を持たなかったと思いますけど、今は分かります。読んでいて心がジワジワきます。特にお父さんの気持ち。
私にも娘がいるので、久々に「わたぼうし翔んだ」を読んで、なんだかちょっと娘の日記を盗み読みした気分になりました。奈保子ちゃんとお父さんは、幼い時は友達のように仲が良かったのに、奈保子ちゃんの心身の成長と共に反抗期に入り、お父さんのやることなすこと目につく、鼻につく。そして会話も減り…。でも、お父さんはいつ何時でも奈保子ちゃんのためなら火の中水の中。
奈保子ちゃんを自転車で駅まで迎えに行くお父さん、オーディションに付き添ってもっとかわいい服を持ってきてあげれば良かったと後悔するお父さん、家族団らんの会話で余計なこと言わないように気を使って言葉数の少ないお父さん。
そんな様子は我が家とそっくりで、この時の奈保子ちゃんのお父さんと飲みに行きたい気分になりました(私は下戸です)。
まとめ
「わたぼうし翔んだ」は、河合奈保子という当時トップアイドルだった芸能人という側面と、どこにでもいる普通の女の子といった両面から、当時18歳だった女の子の心情を入院生活を通して知ることが出来る本です。
核家族化が進み、今ではインターネットの発達により家族に頼らなくても問題解決が出来たり楽しめたりで、家族として一緒に暮らしていながらも別々に暮らしているような超個人主義的な暮らしになってしまいました。
その日あった楽しいこと・嫌なことを話したり、楽しみを共感・共有する相手は家族でなく、SNSなどを通して知り合った顔も知らない人。それはそれでいいと思いますが、「わたぼうし翔んだ」で垣間見える家族団らんの様子は懐かしく、時代が変わろうともその温かみは決して忘れてはならない大切なモノだと思います。
河合奈保子さんのファンであるか否かにかかわらず、ちょっとでも気になったら、ぜひ「わたぼうし翔んだ」を手に取ってみてください。きっと今の生活に感じている心のモヤモヤのベールが一枚はがれると思います。