日本の有名な編曲家(アレンジャー)と言えば、萩田光雄さん、筒美京平さん、船山基紀さん、武部聡志さんらを思い浮かべると思います。
編曲とは、大雑把に言うと歌メロ以外の部分、つまり(カラ)オケを作ること。
私は編曲家について、ずっと思っていたことがあります。
それは、各々の編曲家にどんな特徴があるのかということ。
私の場合、作曲家については、特徴的なメロディーや独特のクセみたいなものを感じ取って、「これは○○さんが作った曲だな」と分かる場合もあるのですが、編曲については、後でクレジットを見ないと誰が編曲したのか分からないことの方が多いです。
色々調べていても各編曲家の音楽的特徴を掴むことが出来ず、悶々としていたところ、ちょうど編曲家の萩田光雄さんについて書かれた本「ヒット曲の料理人」(2018年6月11日発売)が出版されたので、早速読んでみました。
今回は、この「ヒット曲の料理人」という本の概要・レビューと、編曲家という仕事や編曲家の個性などについて感じたことなどを書いてみたいと思います。
萩田光雄「ヒット曲の料理人」と編曲について
「編曲」という言葉について「アレンジ」と表記することもありますが、ご了承ください。
「ヒットの料理人」の概要
この本は、21.5㎝×15㎝の大きさで約350ページ、本の厚みは2㎝ほどある重みのある本です。
大まかに、萩田光雄さん自身が語った編曲という仕事に関する話、萩田光雄に関わりのあった方々のインタビューや対談、萩田光雄さんが編曲を手掛けた楽曲データという3つの部分に分かれていて、文章量的には各々1/3程度です。
楽曲データは約4000曲記載されており、この一覧を作成された方の相当な労力をうかがい知れます。
インタビュー記事は、歌手の太田裕美さん、音楽ディレクター(プロデューサー)の川瀬泰雄さん、音楽プロデューサーの佐藤剛さん、アイドルや歌謡曲に造詣の深いのクリス松村さん。
萩田光雄さんとの対談相手は、音楽ディレクターの小池秀彦さん。
萩田光雄さん、川口真さん、船山基紀さんの鼎談(ていだん)も、それぞれの仕事に対するスタイルの違いを知ることができる興味深い内容となっています。
さて、この本の面白いところは、萩田光雄さん自身、インタビュー、対談等で語られる萩田光雄さんの編曲作業の流れや、編曲をした時の思い出話です。
萩田光雄さんご本人は、当時は物凄くタイトなスケジュールで仕事をしていたために、当時の細かいことは記憶にないと言っていますが、当時、萩田光雄さんと関わった方々の記憶の補完もあり、山口百恵さんの「プレイバックPart2」時はこんな手法を使って編曲した、岩崎宏美さんの「思秋期」のアレンジはNGになってしまったこと等、かなり詳細に書かれています。
アレンジ料や何故アレンジ料は印税扱いにしないのか、スタジオミュージシャンを調達するインベク屋という存在など、この本で編曲という仕事に関する色々なことが分かります。
大場久美子さんや南野陽子さんといった萩田光雄さんが編曲を手掛けたアイドルの印象を語っている部分がありますが、アイドルという存在価値をよく分かった上で編曲に望んでいるという姿勢がよく分かります。
多くの楽器を使ってまとめあげる編曲家という人は、曲全体を見渡すハイスピードな頭脳を持っているので、堅物な人というイメージを持っていましたが、萩田さんの書く文章を読んでいると、「○○なのだ!」とか「アハハ!」とか砕けた言い回しが所々に散りばめられていて、気さくな印象を受けました。
編曲家の個性と特徴
時々、好きな曲は萩田光雄さんのアレンジが多いという意見を耳にすることがあるので、自分はどうなんだろうと思い、思いつくままにアレンジにインパクトがあって好きだなと思うシングル曲をピックアップしてみました。
私はどの曲を誰がアレンジしたのかという知識はあまりないので、特別な先入観もなく選曲したら以下の70曲になり、それぞれの編曲家を調べてみました。
「曲名(歌手名) / 編曲家」という並びで表記します。
- Lucky Chanceをもう一度(C-C-B) / 船山基紀
- 男達のメロディー(SHOGUN) / 大谷和夫
- 若葉のささやき(天地真理) / 竜崎孝路
- 愛のアルバム(天地真理) / 森田公一
- 熱視線(安全地帯) / 安全地帯・星勝
- 悲しみがとまらない(杏里) / 角松敏生・林哲司
- ファンタジー(岩崎宏美) / 筒美京平
- 未来(岩崎宏美) / 筒美京平
- 万華鏡(岩崎宏美) / 馬飼野康二
- 九月の雨(太田裕美) / 筒美京平
- たそがれマイ・ラブ(大橋純子) / 筒美京平
- わな(キャンディーズ) / 穂口雄右
- 異邦人(久保田早紀) / 萩田光雄
- 大都会(クリスタルキング) / 船山基紀
- 夏をあきらめて(研ナオコ) / 若草恵
- ブルージーンズメモリー(近藤真彦) / 馬飼野康二
- ジャガー(西城秀樹) / 三木たかし
- ブーツをぬいで朝食を(西城秀樹) / 萩田光雄
- サムライ(沢田研二) / 船山基紀
- LOVE(沢田研二) / 船山基紀
- 魅せられて(ジュディ・オング) / 筒美京平
- 飛んでイスタンブール(庄野真代) / 船山基紀
- SUMMER SUSPICION(杉山清貴&オメガトライブ) / 林哲司
- 君に薔薇薔薇…という感じ(田原俊彦) / 船山基紀
- ルビーの指輪(寺尾聡) / 井上鑑
- SHADOW CITY(寺尾聡) / 井上鑑
- もしもピアノが弾けたなら(西田敏行) / 坂田晃一
- カルメン’77(ピンク・レディ) / 都倉俊一
- ウォンテッド(ピンク・レディ) / 都倉俊一
- 夢・恋・人(藤村美樹) / 細野晴臣
- 想い出のスクリーン(八神純子) / 大村雅朗
- パープル・タウン(八神純子) / 大村雅朗
- 絶体絶命(山口百恵) / 萩田光雄
- プレイバックPart2(山口百恵) / 萩田光雄
- 迷い道(渡辺真知子) / 船山基紀
- フライデイ・チャイナタウン(泰葉) / 井上鑑
- 淋しい熱帯魚(Wink) / 船山基紀
- 背徳のシナリオ(Wink) / 門倉聡
- 失恋記念日(石野真子) / 穂口雄右
- めぐり逢い(石野真子) / 井上鑑
- あなた色のマノン(岩崎良美) / 大谷和夫
- 大人になれば(大場久美子) / 萩田光雄
- Loveさりげなく(太田貴子) / 西村昌敏
- Love Fair(岡田有希子) / 松任谷正隆
- ハロー・グッバイ(柏原よしえ) / 竜崎孝路
- 夏のヒロイン(河合奈保子) / 若草恵
- 疑問符(河合奈保子) / 大村雅朗
- 脱・プラトニック(桑田靖子) / 萩田光雄
- 木枯らしに抱かれて(小泉今日子) / 井上鑑
- 卒業(斉藤由貴) / 武部聡志
- 情熱(斉藤由貴) / 武部聡志
- 星空回線(佐野量子) / 瀬尾一三
- 少女A(中森明菜) / 萩田光雄
- 禁句(中森明菜) / 細野晴臣・萩田光雄
- ミ・アモーレ(中森明菜) / 松岡直也
- SAND BEIGE(中森明菜) / 井上鑑
- AL-MAUJ(中森明菜)) / 武部聡志
- 想い出のセレナーデ(浜田朱里) / 若草恵
- ときめきのアクシデント(原田知世) / 星勝
- 殺意のバカンス(本田美奈子) / 中村哲
- 涙のつぼみたち(三浦理恵子) / 船山基紀
- 水平線でつかまえて(三浦理恵子) / 船山基紀
- 秋のIndication(南野陽子) / 萩田光雄
- 接近(南野陽子) / 萩田光雄
- 秋からもそばにいて(南野陽子) / 萩田光雄
- Woman”Wの悲劇”より(薬師丸ひろ子) / 松任谷正隆
- メイン・テーマ(薬師丸ひろ子) / 大村雅朗
- あなたを・もっと・知りたくて(薬師丸ひろ子) / 武部聡志
- 紳士同盟(薬師丸ひろ子) / 武部聡志
- なぜ?の嵐(吉沢秋絵) / 瀬尾一三
まとめると、1位は萩田光雄さんで11曲、2位は船山基紀さんで10曲、3位は井上鑑さんで6曲、4位は筒美京平さん、武部聡志さんで各5曲…といった結果になりました。
アルバム曲も入れたら、かなり順位は変わると思いますが、それでもやはり萩田光雄さんのアレンジした曲は多く入ると思います。
上記に挙げた曲の多くは、イントロ(前奏)、歌と歌の隙間に入るオブリガード(短いフレーズ、おかず)、サビのカウンターメロディー(対旋律、主メロディーを引き立てるための副メロディー)、使用されている楽器や楽器の音色などが印象的で、歌が始まると歌手を引き立てるかのように伴奏がスッと引く感じがします。
「これは○○さんがアレンジした曲で、○○さんの特徴が出てるね!」と言われたら、「なるほど…」とも思いますが、そう言われなければ、やはり私はそれぞれの曲のアレンジに編曲家毎による強い個性・特徴を見つけることが出来ず、後で調べて分かると言った感じです。
例えば、萩田光雄さんはギターをやっていたのでギターのアレンジに特徴があるということを聞いて、「この曲のイントロのギターはカッコいいな~」と思って編曲家を調べてみたら、萩田光雄さんではなかったり…
しかし、編曲家毎に強い個性を見つけられないというのは、それはそれで正解なのかなとも思います。
曲の雰囲気をどうするのかは編曲家が決めることではなく、歌手の楽曲担当プロデューサーやディレクターが決めることで、編曲家の方々はその要望に沿ったアレンジをします。
どの編曲家も楽曲をヒットさせることを主眼とし、そのためにイントロでリスナーの心を掴むべく、イントロを印象深いものになるようにしますが、時には派手に、時にはしっとりといった全ては曲調に合わせたアレンジになっています。
その時々のトレンドにも敏感でなければならず、流行っている洋楽のフレーバーを取り込むといった手法は、どの編曲家も使っています。
場合によっては、八神純子さんの「パープル・タウン」のような盗作問題が発生することもありますが💦
編曲家と仕事をする方々にとっては、編曲に関する手順やこだわり、周囲の人との関り方等の編曲家毎の違いが大きくあると思いますが、リスナーという立場では、上記のように曲をヒットさせるためのアレンジ手法の根本は共通していること、どの編曲家もアイディアの引き出しが異様に豊富なこと、編曲家自身が「これは俺がアレンジしたんだ!」というアーティスト的な発想も必要ないといったことから、各編曲家の個性を詳しく読み解き、余程細かい部分を気にして音楽を聴いたりする方でないと、知らない曲を聴いた時でも「この曲はきっと○○さんのアレンジだ」と判断することは困難なのかもしれません。
まとめ
私も昔バンドをやっていて歌詞以外は全て私が作っていました。
たまにボーカルがメロディーを書いてきて、「この曲は俺が作った」なんて言われると、この曲の殆どは自分が作ったのに!なんて憤慨したものでした。
編曲(アレンジ)は、メロディーがあってこそという部分もありますが、その作業は、イントロ(前奏)、間奏、アウトロ(後奏)の作曲のみならず、どの楽器にどの音を担当させるかなど、考えなければならないことは膨大です。
プロの編曲家は、1曲に付き、そういったことを数時間から1日程度で仕上げてしまうので、頭の中はどうなっているんだろうと不思議に思うのと共に驚愕してしまいます。
作詞家、作曲家に比べると表に出てきませんが、編曲家はそれと並ぶぐらいの地位を確立すべき仕事だと思います。
今回紹介した「ヒット曲の料理人」シリーズで船山基紀さんの本も2019年10月10日に発売されていますので、船山基紀さんならではの捻りに捻ったアレンジの創作手法秘話をご覧になってみてください。