私は小学生の頃から河合奈保子ちゃんが大好きで、毎回予約してレコードを買っていましたが、どのぐらい聴いたかというと、当時はそんなに頻繁には聴いていませんでした。
河合奈保子ちゃんを含めアイドルソングは時々聴くというぐらい。
毎日のように聴いていたのは、オフコース、村下孝蔵さん、THE ALFEEなど、学校生活において自分の淡い恋愛感情を代弁してくれるような曲で、自分がギターをやっていたこともあり、こういった曲を毎日のように弾き語りしていました。
そんな中でも、河合奈保子ちゃんの曲を聴くと思い出すことがいくつかあります。
今回は、一番思い出深い河合奈保子ちゃんの「17才」にまつわる話を書いてみたいと思います。
河合奈保子ちゃんがどうこうという話でもないので、暇つぶしにでも…
【河合奈保子】名曲「17才」を聴くと思い出すこと
大人でもない 子供でもない….
こんな歌いだしで始まる昭和歌謡テイスト満載の哀愁ソング「17才」。
自分が17才だった高校2年の時を思い出してみると、基本的に子どもと変わらない言動でしたが、部活の3年生が引退し、私は部活のみんなを取りまとめる役を任され、物凄く苦労した思い出があります。
振り返ってみると、17才という年は、やはり大人に近づいていく大きな一歩だったように思います。
さて、私が初めて買った河合奈保子ちゃんのシングルレコードは、この「17才」でした。
何でデビュー曲から買わなかったのかというと、河合奈保子ちゃんがデビューした時はこれからアイドルブームが来るという時期で、河合奈保子ちゃんをテレビで見る機会がまだ少なかったため、徐々にテレビで見かけるようになってから好きになって行ったという感じだったと思います。
アイドルソングよりも、オフコースの「さよなら」、クリスタルキングの「蜃気楼」、久保田早紀さんの「異邦人」、海援隊の「贈る言葉」といった歌謡曲のレコードを優先的に買っていたというのもあります。
この曲の頃の一番の思い出は、河合奈保子ちゃんのことが好き!とクラスで言いまくっていたら、クラスメートが河合奈保子ちゃんの雑誌の切り抜きをくれたりしたことですが、その中でもクラスメートのある女の子から小学校卒業間際にもらった、とってもかわいらしい河合奈保子ちゃんの写ったカードが一番思い出深いです。
その子はみんなからブス!と言われ、運動会の徒競走では常にビリで、みんなから拍手を送られながらゴールするという何かにつけて男子の悪口の対象になる子でした。
でも心の優しい子で女子の中では人気があり、よく他の女子からは「○○ちゃんをイジメちゃ可哀そうでしょ!」なんて男子は言われていました。
私も小学生の頃はイジメに遭い、学校に行ったり行かなかったりする期間が長くありましたが、高学年になった時、その呪縛から徐々に解放され、学校に行けるようになりました。
そんな私も、その子に対しては他の男子と同じように心無い言葉を何度か言いました。
それなのに、その子は私に「河合奈保子ちゃんが好きなんでしょ。これあげるよ。」と言って河合奈保子ちゃんの写ったカードをくれました。
その時、胸がズキっとして、イジメられる気持ちは自分がよく分かっているはずなのに、何でこの子に心無い言葉を言ってしまったんだろうと、物凄く申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
でも、その時は「ありがとう…」しか言えませんでした。
「17才」が発売されたのは、ちょうど私が小学校を卒業する辺り。
その子は地元の中学には行かず、私立の中学に行ってしまい、その後一度も会っていません。
もし会うことがあったら謝りたいとずっと思いながら、もう何十年も経ってしまいました。
中学入学前の春休み、私は河合奈保子ちゃんの切り抜きをノートに貼って「河合奈保子写真集」というものを作りました。
その1ページ目には、その子からもらったインコと一緒に写っている可愛い河合奈保子ちゃんのカードを貼ることにしました。
そこに写っている河合奈保子ちゃんは、自分が持っているどの切り抜きよりも可愛いくて、これを見る度に日々人様に対してしているであろう非礼に気づきなさいと言われているような気持になります。