墓場に持っていく12枚のアルバム

振り返ってみると、私の人生は音楽漬けの人生でした。

幼いころから現在まで、音楽を聴かない日はないといっても過言でない程、私の生活の中にはいつも音楽がありました。

ギターを始めてから演奏する側、就職した音楽関連業界では提供する側といった別角度から音楽に触れることもありました。

大学生の頃、アルバイト先の先輩が「〇〇(アルバム)は墓場まで持っていく!」というのを聞いて、私も同じアルバムが大好きだったので「僕も持っていきます!」なんて話をしたことを思い出します。

それから随分時間が経ちましたが、今一度、自分が墓場まで持っていきたいと思うアルバムをピックアップしてみました。

その一覧を見てみたら、自分でも結構意外でした…

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共に逝く12枚のアルバム

昔はジャンルによって聴かない音楽もありましたが、ラジオや友達の勧めなどでふと耳に入ってきた音楽が自分好みだったなんてこともよくあった経験から、ジャンルにフィルターを掛けることを止めるようになりました。

それ以来、どんなジャンルの曲でも、ちょっとでも好みのフレーズがあったなら、それが収録されているアルバムやアーティストを掘り下げていくようになりました。

インターネット環境が整ってきた辺りから、さらに様々な音楽と出会えるようになり、現在でも私の好きは毎日のように広がっています。

私が音楽を自らの意思で聴き始めたのは70年代から。大好きな曲・アルバムがたくさんありました。

でも、それらを全部購入することは不可能だったので、友人や貸しレコード屋さんで借りたり、ラジオでエアチェックしたりしてカセットテープに録りためていました。

音源をデジタル化出来るようになってから、それらを出来る限りパソコンに取り込みましたが、いつの間にか親に処分されてしまったりで、当時と同じライブラリーには現在でも至っていませんし、エアチェックしたものなどはもう記憶の中でしか再生できません。

現在、私のパソコンに取り込まれている曲数は、約25,000曲。「共に逝く」という感覚でアルバムをざっと見てピックアップしてみたところ、大好きでよく聴くアルバムとはまた違ったものでした。

選んだアルバムは以下の12枚。何でこのアルバムを選んだのかこれらのアルバムを聴きながら振り返ってみました。

RAINBOW / BENT OUT OF SHAPE

邦題は「ストリート・オブ・ドリームス」。後にレインボーは再結成しますが、ロニー・ジェイムス・ディオをボーカルとして結成されたレインボーは、実質的にこれが最後のアルバム。

私がそれまで大嫌いだったハードロックの世界へ誘ってくれたのは、レインボーの2ndアルバム「LONG LIVE ROCK’ ROLL(邦題:バビロンの城門)」に収録されている「GATES OF BABYLON」という曲でした。

曲単位で言えば、「BENT OUT OF SHAPE」以外のアルバムに収録されている曲の方が好きかもしれません。

「BENT OUT OF SHAPE」はレインボーのアルバムの中で好きというより、どのバンドのどのアルバムよりも好きです。

初めの頃は何で好きなのか考えるようなことはしませんでしたが、長年聴いている内にこのアルバムはディープ・パープルを飛び出してまでもリッチー・ブラックモアがやりたかった音楽の集大成と思うようになりました。

ハード・ポップ・哀愁・幻想…そういった要素がこれまでのように派手ではなく、スパイスとしてガツンと効いている作曲手法に脱帽です。

なお、冒頭に書いた最初に墓場へ持っていこうと思ったアルバムが、この「BENT OUT OF SHAPE」でした。

ABBA / SUPER TROUPER

小学生の頃、しかたなく買った「SUPER TROUPER」。でも、このアルバムを聴いた時の衝撃は物凄かった…

ABBAは向かいの家に住んでいたお兄さんに聴かせてもらって大好きになりました。この時、特に好きだった曲は「チキ・チータ」。ベスト盤をカセットテープに録音してもらって何度も繰り返して聴いていました。

母とダイエーに行った時、輸入盤の特価コーナーがあって、母が「安いから1枚買ってあげる」と言ったのでABBAの色々入っているベスト盤にしようと思ったらタイミングが悪くて他の人に買われてしまいました。

それでしかたなく1枚残っていた「SUPER TROUPER」を買ったのですが、曲名を見ても知らない曲がたくさん💦

あんまり期待しないでレコードに針を落としたところ…ズキューーーン💖

見事に射抜かれました。美しいメロディーはもちろんのこと、その洗練されたサウンド。なにせ音がいい。そして、その頃大好きだったYMOの高橋幸宏さんのようなカッチリしたリズム。

もう何度聴いたことか…

河合奈保子 / スターダスト・ガーデン

麻丘めぐみさんから始まって様々なアイドルを見てきましたが、私が最もハマったアイドルは河合奈保子さん。アイドルとして好きというより、自分の中の理想の女性像が現実の世界に出てきた!という感覚でした。

デビューから見ていて、14thアルバム「JAPAN as waterscapes」辺りで一旦離れてしまいましたが、河合奈保子さんのアルバムをCD BOX化した「NAOKO PREMIUM」を買ってから再び奈保子熱が再燃し、現在でも頻繁に河合奈保子さんのアルバムを聴いています。

私はアイドル時代の河合奈保子さんが好きです。でも、アルバムは10thアルバム「さよなら物語」が一番好きです。

なのにどうして「スターダスト・ガーデン」?

私もよく分かりませんが、「スターダスト・ガーデン」は「さよなら物語」と同じぐらい好きです。

1曲目の「暁のスカイパイロット」の爽快なジェット音が大らかな気分にさせてくれるからなのか天国を想起させるからなのか…

さらば宇宙戦艦ヤマト サウンドトラック

子どもの頃は、アニメや特撮が大好きで再放送を含めたくさんの作品を見ていました。特に好きだったのは、ギャグっぽいやつよりもスポ根等のシリアスな雰囲気のある作品でした。

その中でも一番好きな作品は「さらば宇宙戦艦ヤマト」。自分を犠牲にしてまでも愛する者を守り抜く揺るぐことのない強い信念と精神力に感服し涙涙。宮川泰さんによる美しいメロディーが拍車を掛けました。

宇宙戦艦ヤマトシリーズの音楽に共通しているのは、口ずさめるような美メロ。「さらば宇宙戦艦ヤマト」は、命の尊さと美しさを一番感じた作品で、「想人」「大いなる愛」といった曲がそれを象徴しているように思えました。

古代進をはじめとするヤマトクルーと「俺たちの旅」等で中村雅俊さんの演じる主人公の生き方・ものの考え方がずっと私の根底にあります。

ALFEE / FOR YOUR LOVE

私の周囲でALFEEが話題になり始めたのは「メリーアン」辺りから。

もちろん、それ以前からALFEEの存在は知っていましたが、登校前に見ていた「おはようスタジオ」に坂崎さんが時々出て面白いことを言ったりしていたので、ALFEEってコミックバンド寄り?なんて思ってました。

私が本格的にALFEEを好きになったのはシングル曲というより、「THE RENAISSANCE」というアルバムを聴いてからでした。

海外のハードロックやジャパメタとも違う、物凄く個性的なハードロックバンド…そんな印象を持ちました。

それから10年ぐらいは毎年ALFEEのライブに行ったりするいわゆる「アル中」でした。

音楽だけは今でも聴いていますが、リリースしたアルバムの中で私の中の不動の1位は「THE RENAISSANCE」と「FOR YOUR LOVE」。

「FOR YOUR LOVE」のアレンジはシンプルで、当時のチャレンジングスピリットに満ちたALFEEの芯がよく見えます。

そういった部分が好きなのと、私が初めて行ったライブ「YOKOHAMA 3DAYS」のオープニングが「AFFECTION」、印象的だった曲が「裏切りへのプレリュード」といった「FOR YOUR LOVE」の曲だったこと、高校の文化祭で初めてコピーした曲が「恋の炎」だったこと等、「FOR YOUR LOVE」に青春の思い出がたくさん詰まっています。

SCORPIONS / FLY TO THE RAINBOW

SCORPIONSはULI ROTHのギターがあってこそ!

SCORIONSを聴き始めた当時はそんな風に思っていました。泥臭いまでに哀愁漂うギターフレーズに魅了されていたので、ULI脱退後のアメリカンロック的なSCORPIONSは嫌いでした。

でも、「CRAZY WORLD」辺りの来日公演を見に行ったら、メチャクチャカッコ良くて、そこから本格的にSCORPIONSにハマり、それ以来、私の中でSCORPIONSがNO.1のハードロックバンドになりました。

SCORPIONSのアルバムで私の気に入りは、「TAKEN BY FORCE」と「CRAZY WORLD」。

でも、一番初めに聴いたアルバム「FLY TO THE RAINBOW」の「THEY NEED A MILLION」や「THIS IS MY SONG」のカッコ良さにシビレたことが忘れられません。

YNGWIE MALMSTEEN / TRILOGY

ハードロックって見た目が不良っぽく、音がうるさくて邦楽のようなワビサビみたいなものが感じられず、どちらかというと嫌いなジャンルでした。

でも、友達から聴かせてもらったRAINBOWの「GATES OF BABYLON」などは気に入って、ハードロックにも好きな曲があるかも?と思い始めました。

それから何年か過ぎて、また別の友達からYNGWIEのアルバム「RISING FORCE」の「Icarus’Dream Suite Op.4」を聴かせてもらった時、美しいフレーズを滑らかでかつ高速に弾くYNGWIEのギターに衝撃を受けました。

それ以来、YNGWIEの虜。かつては、もし1つだけ願いが叶うなら女の子にモテたい、大金持ちになりたいなんて思っていましたが、YNGWIEに出会ってからは、YNGIWIEのようにギターがうまくなりたい!に変わりました。

それほどYNGWIEは自分にとって大きな存在でした。

「RISING FORCE」はサウンド的には良いがバンドとしてはまだ発展途上、「MARCHING OUT」はカッコいいけどちょっとうるさいというか粗削りで音質の悪さが気になる、「TRILOGY」は、バンドとして、YNGWIEというギタリストとして、そしてサウンドプロデュースとトータルで完成度を極めた作品。

それ以後のアルバムもずっと追っていきましたが、こういったバランスが一番取れていると感じるのは、私の中ではやっぱり「TRILOGY」。

「TRILOGY」は近所のレンタルレコードで借りました。ハードロックのジャケットってアートなイメージがありましたが、初めて「TRILOGY」を手に取った時、カッコいいとカッコ悪いが同居してる…なんて思ったことも思い出します。

オフコース / OVER

私がエレキギターを買ってバンドをやるきっかけになったのはオフコースとの出会い。

「さよなら」のシングルレコードを買ってからオフコースにハマり、それ以前それ以後のアルバムをずっと追っていきました。

初めはフォークギターで弾き語り、フォークギターを始めた当初からオフコースの難しいコードに触れたおかげで、以後のギター人生が充実したものになりました。

アルバム「We are」を聴いた時、繊細なメロディーに分厚いサウンド、ごちゃごちゃと余計な音が入っておらず、音の隙間は包み込むようなコーラスで埋める…そんなサウンドに衝撃を受けました。

そして、「一億の夜を超えて」をどうしてもバンドでやりたくてエレキギターを買い、そこから私のバンド人生が始まりました。

そういうわけで、私の中で一番インパクトのあるアルバムは「We are」なんですが、このアルバムは貸しレコードで借りたものでした。

私が初めて買ったオフコースのアルバムは「OVER」。「OVER」を聴いていると、当時NHK「若い広場」で放送された「OVER」制作時の様子や武道館ライブの映像が甦ってきます。

友達と作ったバンドで「哀しいくらい」「言葉にできない」「メインストリートを突っ走れ」など、「OVER」に収録されている曲をたくさんコピーしました。

こういった感じで、「OVER」にはたくさんの思い出が詰まっています。

YMO / SOLID STATE SUVIVOR

小学5年生ぐらいの頃、私の親友が「最近YMOにハマってる。カッコいいよ!」って言っていていましたが、ピンク・レディとかの歌謡曲しか聴かない私にはピンときませんでした。

ある時、レコード屋さんに行ってYMOのLP「SOLID STATE SUVIVOR」のジャケットを見た時、真っ赤な長袖長ズボンを身にまとったメンバーとマネキンが映っていて、ものすごく気持ち悪い💦という印象を持ったので、この音楽には触れないようにしようと思いました。

その後、YMOがブームとなり、頻繁にYMOの音楽を耳にするようになりました。歌謡曲のような分かりやすいメロディーに当時大ブームだったインベーダーゲームをはじめとするコンピューターゲームのサウンドでアレンジされた楽曲に一瞬で心を奪われました。

私の周りの友達のほとんどがYMOの虜になり、メンバーのソロアルバムを含め、それぞれがYMO関連のアルバムを買い、みんなで貸しっこしてました。

歌謡曲以外の音楽に衝撃を受けたのはYMOが初めてで、特に高橋幸宏さんのシンセドラムに強く惹かれた私は、小学校の卒業文集の将来なりたい職業の欄に「YMOのようなバンドを作ってドラムを叩きたい」と書きました。

YMOは時代の最先端の機材を駆使してどんどんサウンドが変化していきましたが、やはりもっとも衝撃的だった「SOLID STATE SUVIVOR」には一番の思い入れがあります。

セーラー服と機関銃 サウンドトラック

小中学生の私にとって映画を見に行くというのは特別なことでした。

まことちゃん見たさに母親に映画館に連れて行ってもらいましたが、同時上映の「翔んだカップル」の薬師丸ひろ子さんを見て、彼女に熱狂するまでにそう時間はかかりませんでした。

「セーラー服と機関銃」では、それまで歌うことのなかった薬師丸ひろ子さんが主題歌を歌い、私の薬師丸ひろ子熱はピークに。

テレビドラマや映画のサウンドトラックって、単なるBGMでなくきちんと音楽として成立していないとあんまり聴く気になれませんでしたが、「セーラー服と機関銃」のサウンドトラックは純粋な音楽集でないにもかかわらず、彼女の声を聴きたくて何度も繰り返し聴き、そこに収録されている名セリフは全部覚えてしまいました。

我が家で初めてビデオデッキを買った時、初めてビデオテープに録画したのは、テレビで初放送された「セーラー服と機関銃」でした。

このサウンドトラックを聴いていると、母親に新宿の映画館に連れて行ってもらったこと、我が家にビデオデッキが来た時のことなど当時の生活の様々なシーンが甦ってきます。

AKB48 / 神曲たち

平成に入ってバンドブーム、小室ブームになっていた頃、アイドルはかわいいからカッコいいに変わり、ちょっと寂しいなと思ったことがあります。

まれに80年代アイドルのような子をテレビで見ることもありましたが、既にブームではないので、1曲そんな雰囲気の曲を歌ってそれっきり、若しくは次作は全然別路線になったりで印象に残りづらい感じでした。

90年代終わりごろに出てきたモーニング娘は、初めは昔のアイドルっぽい雰囲気があったので聴いていましたが、徐々にサウンドが変化して行き、あまり聴かなくなりました。

そんな時に出会ったのがAKB48。秋元康プロデュースという事もあり、新曲を出す度にTVで新譜リリースのCMが流れていました。

その時の印象は、渋谷をうろついている女子高生の心情をテーマにしたような曲というという感じで、純真無垢な女の子が恋愛の歌を歌うという80年代アイドルソングと大きく異なるため、共感できる部分が全くなく、AKB48の曲を聴こうなんて全く思いませんでした。

ある日の深夜、なんとなくテレビを付けたらセーラー服を着た一人の女の子が哀愁の昭和歌謡みたいな曲を歌っていました。調べてみたら、このテレビ番組はAKB48の冠番組「AKBINGO」、歌っていた女の子は小野恵令奈、歌っていた曲は「涙サプライズ」という曲のカップリングということが分かりました。

それからYOUTUBEでAKB48の楽曲を漁っていたら、出るわ出るわ昭和テイストソング。作曲者を調べてみたら、YMOジュニアと呼ばれた元コスミック・インベンションの井上ヨシマサさんの名前がズラリ。昭和テイストの曲が多いのは、昭和歌謡を担ってきた秋元康さんと井上ヨシマサさんのタッグということで合点がいきました。

この頃、AKB48はシングル曲中心で一般向けにはアルバムをリリースしていませんでした。唯一のアルバムは、チームごとに設けられ劇場ライブ用の公演曲のアルバムで、これはAKB48の専用サイトか秋葉原の劇場の売店でしか買うことは出来ませんでした。

私はこれらのアルバムを全部買い聴いてみたところ、シングルは同世代の子達をターゲットにしたような今風の曲が多いのに対し、アルバム曲はメチャクチャ遊んでる…昭和のレコードで言うならB面だけど印象的でA面クオリティみたいなんていうアレです。

AKB48の昭和クオリティ満載の楽曲に触れてから、AKB48の冠番組を複数チェックするようになり、そのうちに昭和テイストでない曲にも平成アイドルならではの良さを見つけることが出来るようになりました。

ベストアルバム「神曲たち」は、AKB48がブレイクしたての一番熱かった時のアルバム。

これを聴いて小学生の娘もAKB48が好きになり、一緒に劇場公演を見に行ったりとAKB48のおかげで楽しい思い出を作ることが出来ました。

同時に、AKB48から平成アイドルへの理解が深まり、Berryz工房、東京女子流、BABYMETAL、フェアリーズ等、様々なアイドルソングを聴くようになり、音楽の幅がとてつもなく広がっていきました。

それとAKB48を好きになってからアイドル熱が再燃し、AKB48を始めとする平成アイドルソングを追うのと同時に、過去の70~80年代アイドルソングも改めて聴きたくなり、それ以後たくさんの中古CDやレコードを漁るようになりました。

ベストアルバム「神曲たち」は、音楽に興味を失いかけていた私の心に火をつけてくれたという意味で大切なアルバムです。

本田美奈子 / M’シンドローム

本田美奈子さんに関しては、デビューから歌の上手い子、自己主張の強い子、「Sosotte」「1986年のマリリン」では背伸びをして頑張ってる子という印象ぐらいで、当時は特別意識していた訳ではありません。

ただ、私は本田美奈子さんの実家からそう遠くないところに住んでいたので、友達から「○○駅で本田美奈子がお母さんと歩いてたよ」という話を時々聞いていたこともあり、若干の親近感は持っていました。

「ONEWAY GENERATION」以降、音楽の世界は変わって行き、本田美奈子さんだけでなく過去に「アイドル」と呼ばれた人たちを段々テレビで見かけなくなっていきました。

特に舞台へ転身した本田美奈子さんはほとんどテレビで目にすることがなく、見たとしてもクロスオーバー歌手としてアルバムを出した頃の「ミュージックフェア」ぐらいだったかな…

ただ、本田美奈子さんがクロスオーバー歌手として活動し始めた同時期に平原綾香さんの「Jupiter」が大ヒットし、クロスオーバー歌手として認知度が高かったのは一般的には平原綾香さんだったと思います。

本田美奈子さんが舞台で活躍している頃、私は本田美奈子さんが生まれ育った町に引っ越してきましたが、特に本田美奈子さんのことを意識することもなく過ごしていました。

私が本田美奈子さんを意識し、強烈にその魅力に取りつかれたのは没後。告別式の会場が自宅から近かったので、たくさんの芸能人が自分の住む街にやってきた様子をテレビ中継で見て驚いていたことを覚えています。

私の父が亡くなった年のある日のこと。たまたま図書館に行ったら本田美奈子さんのCDが目につきました。本田美奈子さんの地元という事もあり本田美奈子さんのCDはかなり充実しているので、少しずつ借りてアイドル後の本田美奈子さんの曲を聴くようになりました。

そのうちに近所に本田美奈子さんのお墓があることを思い出し、遠方でなかなか行けない疑似的な父のお墓参りという意味も兼ねて、頻繁に通うようになりました。本田美奈子さんのお墓に行き、墓石の前で目を閉じていると満面の笑みを浮かべた本田美奈子さんが頭に浮かんできて、心の中で本田美奈子さんの近況を尋ねたり、自分のことを話したり、亡き父のことをお願いしたりと色々な会話をします。

その後、自宅のすぐ近所に本田美奈子.ミュージアムという本田美奈子さんの記念館ができ、プレオープンから毎月のように通って場内で流れるフィルムコンサート・闘病生活の様子を見ているうちに、素晴らしい本田美奈子さんの歌声に魅せられ、本田美奈子という人のモノの考え方・生き様に共感するようになりました。

そんなこともあって、私が本田美奈子さんのアルバムで頻繁に聴くのはアイドル時代のアルバムよりも「アヴェ・マリア」のようなクロスオーバーアルバムが多いです。

でも、一緒に逝くなら1stアルバム「M’シンドローム」。逝った後は癒しではなく、希望・笑顔・勢い・夢…はち切れんばかりの本田美奈子さんのパワーを浴びていたいと思いました。

まとめ

何となく「逝く」という観点でアルバムを選んだ時、自分のよく聴くアルバムと違って意外に思いましたが、こうやって選んだ理由を考えてみると、単に好きだからというよりも思い出に深く関わっていたり、何かしらの思い入れがあることに気づきました。

まあ、実際にその時になっても自分の棺桶にはこの12枚のアルバムを入れてくれと言うつもりもないのでどうなるのか分かりませんが、とりあえず思いのたけを書いてみました。

書いていたらかなりの文字数になってしまいましたが、長々とお付き合いしていただき、ありがとうございました。

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